ベジタリアン(菜食主義者)について考えてみる

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ベジタリアンといっても人によって理由や制限の差があり(宗教やビーガンなど)、ひとまとめにはできないかもしれませんが、「動物を食料にすることを避ける」といった意味が強いかと思います。

日本ではあまり馴染みがないものかもしれませんが、海外に行くとわりと多くの人が食事に制限をかけています。私も大して詳しくはありませんが、宗教文化があるかないかの差は大きいと思います。

ちなみに私はベジタリアンではありませんが、どちらがいいかという話をしたいわけではありませんし、正解もないと思います。

ではなぜ今回このようなテーマでブログを書くことにしたかというと、動物を殺して生きていくことについて考えたり嫌な気持ちになったりしていたものの、数年前にとりあえず自分なりに納得できる考えに辿り着いたからです。

    

  

テレビで生きたままの魚介類を調理していたり、中国で店前に吊るされた鳥などを見る度にドキッとしてなんだか胸が苦しくなってしまいます。

やっぱり可哀想だし見たくない、と思う反面、矛盾も感じていました。だってそれを当たり前のように食べているのですから。

では動物を食べないようにしたとしたら自分は納得するのか。と考えてみましたが、世の中にはたくさんの「動物からの恵み」があることに改めて気づかされます。

本革のバッグや財布、ベルトや靴、羽毛、ウール、テニスのナチュラルストリングスは牛や羊の腸ですし、そのほかにもたくさんの物があります。

それらは肉と同様、なくても生きてはいけるものですよね。代用品があります。

では植物はどうなんだろう?動かないけど生きている、この命のことは考えなくてもいいのだろうか?考え出したらキリがありません。

  

結局それら全てを生活から切り離せる程の覚悟はなく、中途半端な自分が残ってしまいました。

  

最終的に行き着いた答えは、当たり前のことではありますが「感謝をする」「大切に使う」です。

生き物の命をいただくときは感謝をして美味しく食べる。

なるべくフェイクのレザーやファーなどを選ぶようにしていますし(そもそもあまり買いませんが)、本革やウールなどの製品を使うときは、大切に長く使うように心がけています。

あとは、前世が牛で殺されて食べられてから人間になったんだ、と思うようにしたら気持ちが楽になりました。自分を洗脳しています。笑

  

ベジタリアンについて気になる人は、健康目的などの人もいますが、やっぱり人々の暮らしのために生き物の命を犠牲にすることへの罪悪感を持つ人も多いのかなと思います。

結局、自分自身が納得出来ればそれでいいのではないでしょうか。

ベジタリアンになる人もいれば、私のように自分の中で折り合いをつける人もいますし、そもそもこんなこと考えたこともない人も沢山いるでしょう。 

   

  

なんだかベジタリアンは、多様性の表れのようだなと思ったのでした。

終わり方が分からなくなってしまったうえに、ただの日記のようになってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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